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最早、漫画家という認識はほとんどなくなった
いしかわじゅん氏による漫画評論。
前に出たやつ(『漫画の時間』)から、12年ぶりらしい。
その間、少しずつ書き溜めたものを掻き集めてるので
懐かしい作品の評が多い。あと、取り上げている作品数は多いが
日々膨大に発表されている数に比べれば、当然微々たるもので
どうしても作品選びに偏りが出る。一冊全体を通して見ると
最近のものより、懐かしいもの、古すぎて題名くらいしか
聞いたことがないものが大半。それだけ、子供の頃に読んで
影響を受けたものを大事に思っているんだろう。
前半は、作品とは直接関係ない個人話・世間話・身の上話・
業界裏話が多く(特に「BSマンガ夜話」の項)、評論というより
感想に近い。それでも、実作者ならではの視点・解釈の仕方が
ところどころ現れる。中盤からは、手塚治虫の漫画にキャラクター
として出してもらったことや、元奥さん(漫画家)の作品に関する話
なんかも出てくる。そこでふと、いしかわじゅんという人について
ほとんど何も知らないことに気づく。そう言えば、ちゃんと
彼の漫画作品を読んだこと、一度もないもんなあ。

最後の吾妻ひでおへのインタビューを読んで、その思いは強まる。
そう、ギャク漫画家って大変なんだよ。なったことないけど。
ストーリー系作家で自殺した人は聞いたことないのに、
ギャク漫画家で自殺した人は、自分が知ってるだけでも3~4人いるし。
同じ笑いを生み出すのでも、芸人だと相方やまわりの先輩とかと
話し合ったり、舞台上ではダイレクトに生身の反応が得られるから
まだ救いがあるが、独りで家に篭って、笑いをずっと研ぎ澄ませて
いくのなんて、どう考えても正気の沙汰じゃない。
どんなに必死に作っても、世間一般の大人の評価と言えば
所詮「くだらなくて、ばかばかしい」もの。だからと言って
必死であることをアピールしたら、そもそも笑えなくなる。
でも何より、その笑い自体が古臭い・つまらないとそっぽを
向かれた日には、もう存在意義さえ揺らぎかねない。
本質的な孤独、社会的評価の低さ、ネタの枯渇への恐怖を
抱えたまま、さらに高みをめざしてたら、そら発狂の一つや二つ
噴き出してきて当たり前。それでも、一読者にできることは
ただ一つ。本当に面白いと思えば、ちゃんと新刊書店でお金払って
購入すること。…なんだけど、彼の漫画って本屋で見たことないや。

■いしかわじゅん『漫画ノート』バジリコ












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