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「四箇」は石垣、登野城、大川、新川の四地域をさす。
島に人がやって来た頃、穴居生活がしやすい石底(イシスク)山
に住み着いた。次第に彼らは平地に降りてきて、田圃を作りだす。
すると、その田に神様が現れ「殺し合ったり、盗んだりしては
いけない。互いに人を愛することを大事にして村をつくりなさい」
と伝える。この教えに従いつつ田を耕すと、どんな悪天候の年でも
豊作となった。そこで、この神様に感謝して建てられたのが宮鳥御嶽。
この御嶽を建てた人を中心に石垣村ができ、少し離れた場所に
登野城村ができた。さらに1771年の明和大津波の後、石垣から新川、
登野城から大川がわかれてできた、と伝えられる。

meituru.jpg

■宮鳥御嶽
上記の通り、四箇創建の神話を伝える御嶽。なのに、
敷地内に自動車が停まってたり、人の出入りが結構あったりと
遠目で見る分には、あまり重々しい雰囲気は感じ取れなかった。
逆に言うと、地元の人にかなり密着した、当たり前のように
そこに存在する御嶽なのかも。
sosomakha.jpg

■ソーソーマカー
清らかな水を意味する名を持つ井戸。ここで、宮鳥御嶽の神に
捧げる水を汲む。すぐそばで工事してて、近づけんかった。

nagasaki1.jpg

■長崎御嶽
『風車祭』では、豊年祭の練り行列の出発点であり、四箇で
初めて五穀が入ってきた重要地とされる。また、近くの
アラマリナー泉にピシャーマを召還しまくったツカサの御嶽。
敷地内に、普通におっちゃんがいたけど、いいんかなあ。

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■真乙姥御嶽
オヤケアカハチと中山軍の戦いで中山軍に協力した、長田大主の妹
真乙姥の墓がもとになっている。四箇の豊年祭のムラプールは
ここが中心になる。でっかい木(アコウ)がすぐ隣にあって、
町なかなのに、少しひんやりした雰囲気がある。

maitsubakha.jpg

■真乙姥井戸
真乙姥御嶽のすぐ近くにある井戸。道のど真ん中にある。
沖縄では、井戸を汚すと目がつぶれるという伝承があるので
どの車も、みんな気をつけて走っている(ハズ)。

mishagi.jpg

■美崎御嶽
オヤケアカハチを倒した中山軍が無事、海路で首里に帰還できるよう
真乙姥が籠もって祈願した地。そのことから、航海安全祈願の御嶽でもある。
『風車祭』でも、ツカサたちが集まって話し合った場所。
『丸八そば』を探している途中で、偶々発見。年輩の女性の方々が
集まって何やらごそごそされてたので、脳内で勝手にツカサの方と認定。
「捜索隊はまだ探せないでいるのか」












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